ホーソーン『緋文字』

  • 2011/03/15(火) 16:09:58

 まいった。これは名作である。
 必要最低限に抑えられた登場人物、そしてその対立の構図、それぞれの立場の微妙さ及び適切な配置、暗喩の見事さ、極限まで高められた緊張が一気に破裂する結末の迫力。まったくすばらしい。

 常に人々の規範となるべき存在である牧師の青年が、ある罪悪を心のうちに隠し持っている。仮面をつけたまま生活する彼は、苦しみに身を焼かれている。しかし作者は、この牧師に同情を寄せない。彼の欺瞞は欺瞞として、はっきりと描写している。その点がすばらしい。
 主要人物である女、医者、牧師の三人は、みな愚かである。確かにそれぞれ同情の余地はある。一時の情熱に身を任せて肉体関係を持ってしまったふたり、それに対して復讐心を燃え上がらせる医者、どちらも完全な悪ではない。がしかし、それぞれの愚かさを持っている。気高さもまた。
 それらをスリリングな展開に乗せ、最小限の構成で描ききっている。余韻の残る結末もよい。

 もっと早くに読んでいればよかった。


(河出書房 世界文学全集13 太田三郎訳)

小松左京『日本アパッチ族』

  • 2011/03/12(土) 03:36:31

 アウトローな人間たちが結集し、古い権力と対峙するまでに勢力を増してゆく展開に、『俗物図鑑』を思い出した。珍しい展開ではないけれど。
 となると最後はアウトロー軍団の崩壊で幕を閉じるのかと思いきや、さにあらず、彼らならず者たちが国家権力を滅ぼし、焦土と化した日本の新たなるあるじとなるのである。

 この話は物悲しい。結末ちかくで、主人公の男が、かつて人間であったときに感じていた喜怒哀楽を捨て去ることに対する嘆きを告白しているが、そこに至る以前からすでに悲しみが物語を覆う。中盤あたり、アパッチ族と軍隊との衝突が起こり始めるころから、なんだか妙な悲哀を感じた。それは単に人間が人間でなくなることの悲しみではなく、女子供を捨て駒にする酋長のシビアさに対する悲しみでもなく、なんだか複雑な悲しみだった。

 しかし面白かった。今まで読んだ小松左京の長編では、一番好きかも知れない。数作しか読んではいないが。

 それにしても膨大な知識を利用し、ディテールを積み上げ、世界観を構築していく様は圧巻である。これが処女長編だというのだから恐れ入る。

ケン・グリムウッド『リプレイ』

  • 2011/03/11(金) 03:04:50

 平凡な中年男が死んだ。気が付くと彼は、記憶を保持したまま、大学生のころに戻っていた。未来を知る彼は、その記憶を利用し、人生をより良くやり直すことにするが……、という話。

 SF小説としてどこかで紹介されており、それがきっかけでこのたび読みはじめた。しかし、「ザ・SF小説」といった感触ではない。もちろんSFという言葉は大変広い範囲をカバーしているため、この小説もSFで間違いないのだが、「SF小説ですよ」と言ってこの本を紹介するより、「青春小説ですよ」などというような言い方のほうがふさわしい気がするのだ。

 主人公は二度目の人生をいき、その死で三度目の人生に舞い戻る。そして三度目の人生で死んだのちも、四度目、五度目と人生は繰り返す。「これはいったいいつまで続くのか? いったいなぜこんなことが起こるのか?」彼は思索をめぐらし、この運命の輪から抜け出そうとさまざまな行動をとる。しかし結局、このリプレイの意味をつかむことはできないし、自らの意思で抜け出すこともできない。リプレイの作用があまりにも圧倒的であるがために、彼は賢明ながらも平凡な生き方をすることしかできないのである。もちろんあらかじ未来の知識を知ってはいるが、超人的な力があるわけでもないし、すべてが思い通りにいくわけでもない。運命に翻弄される一人の男にすぎない。
 この点において僕は、この小説にはSFという冠がしっくりこないと感じるのだ。もしも主人公がリプレイを使いこなしたり、介入したり、あるいは自らの力で打ち破ったりするならば、「おっ、SF!」と思うかもしれない。(今まで書いた文章は一切この作品をけなすものではない。念のため)

 リプレイすることは、「きっかけ」にすぎないのである。

オースン・スコット・カード『エンダーのゲーム』

  • 2011/03/09(水) 02:40:32

 うーん、すごい。
 面白い。
 しかも、最初から最後までずっと面白い。
 長いけど、苦にならない。

 最後のひっかけでは、見事にだまされた。
 序盤から中盤へかけての訓練および成長パートにおいては、「これは例えば現代を舞台にしても描くことの出来る物語であって、SFである必要性はなかったのでは?」と思う部分もあったのだが、最後のひっかけ、あれによって「SFである必要性」が完全に証明された気がする。

 エピローグでは唐突に空気が変わりやや戸惑ったものの、エンダーを通じて作者はひとつの解決を見出したかったのだろう、異文化同士の戦争から起こる苦悩に。

筒井康隆『脱走と追跡のサンバ』

  • 2011/03/07(月) 01:49:12

 以前一度借りてきておきながらも途中で読むのをやめたのだが、今回はちゃんと読了しました。

 この作品を読み進めるにつれ、やはり『ダンシング・ヴァニティ』がこの路線の総決算であったのかなあ、と感じた。
 正直、序盤・中盤はそこまで面白くなかった。終盤はよかった。
 しっかりした構成のなかに詰め込まれたドタバタ劇、そして心理学に多大なヒントを得た描写と、いかにも筒井康隆らしい小説だ。

 それにしても僕は毎回、筒井作品を語るときには、「筒井らしい」「筒井らしくない」などと言っている気がする。ひどいものである。

エドモンド・ハミルトン『フェッセンデンの宇宙』

  • 2011/03/04(金) 11:57:55

「フェッセンデンの宇宙」
「風の子供」
「向こうはどんなところだい?」
「帰ってきた男」
「凶運の彗星」
「追放者」
「翼を持つ男」
「太陽の炎」
「夢見る者の世界」
収録。

 作者についての知識をまったく持たないまま読んだが、最初の一篇を読了し、「古めかしいなあ」と思った。調べてみたら、実際古かった。ウェルズあたりの手触りがある。どこか牧歌的で、易しい。大人も楽しめるが、どちらかというと子供向けのSFである。それが一番顕著なのは『凶運の彗星』だろうか。これは宇宙人から地球を救うというストーリーである。

 僕が特に気に入ったのは、『追放者』『太陽の炎』『夢見る者の世界』の三篇だ。

『追放者』はラストで世界観が逆転するという気の利いた一篇。

『太陽の炎』は「男は水星で何かを見た。彼はそのことを絶対に口にしようとはしない。彼が見たのは一体なんなのか?」という、とにかく謎の全貌が気になる一篇。

『夢見る者の世界』は、ふたつの世界を生きる男の話。彼は平凡な会社員であるが、夜の夢のなかでは小国の王子である。で、その夢の中で王子の立場にある彼は、眠りにつくと、平凡な会社員の夢を見る、というもの。これまた結末が気になり、引き込まれた。

 作者は『キャプテン・フューチャー』を書いたらしいが、このタイトルは僕でも知っている。「へー」と思った。

吉村昭『漂流』

  • 2011/03/02(水) 23:38:49

 無人島に流れ着いた、江戸時代の船乗りたちの脱出記。

 淡々とした筆致がよい。

 ただ、ときおり同じような表現が繰り返されるのが気になった。たとえば、残してきた女房が誰か他の男に抱かれているのではないかと男たちが懸念する場面があるのだが、これが二度ほど描写され、両方とも非常に似通っているのだ。なにか新しい要素を盛り込むか、あるいは省略してしまうかが普通であるから、これには違和感があった。
 簡潔な文章を基本としているため仕方ないのだろうが、上記のように、ほぼ同じような表現の仕方が再登場する例は他にもある。
 まあ無人島の生活など同じことの繰り返し、登場人物たちの心情も同じことの繰り返しになるのだから、描写だって二度や三度繰り返しがあってもいいじゃないか、という気にもなるのだが。

『ロビンソン・クルーソー』をはじめとする無人島漂着小説はいくつか読んだのだが、どれも一定以上の面白さはあるものの、やはり似たパターンの展開になってしまう。漂着してからの島の探索、食料の捕獲、生活の向上、孤独、その他もろもろの一喜一憂、歓喜と失望……どれも類似の要素の組み立てになってしまうのである。しかも、その組み立て方の順番すら、ほとんど定型化しているのではないか。
 ただそれでも、決まって面白いのである。パターンが出来上がっているということは、別に悪いことではない。

 と、ここまでまるで小説のプロット論をかすめるかのような文章を書いてきたけれども、この『漂流』はあくまでも史実を土台とした作品であるから、パターン化云々などと考えるのは筋違い・見当違い・頓珍漢というものであろう。でもそう考えてしまったのだから、書きました。

野坂昭如『アメリカひじき・火垂るの墓』

  • 2011/02/28(月) 18:01:13

『アメリカひじき』
『火垂るの墓』
『焼土層』
『死児を育てる』
『ラ・クンパルシータ』
『プアボーイ』
収録。

 いずれも戦争体験に根ざした、完成度の高い短編ぞろい。一編一編が高密度である。

 やはり文章がすごい。一見読みづらく、すんなりとのみ込めない文がたまにあったりするものの、いつのまにやら引き込まれ、読まされてしまう。延々と奔放な文章が続くかと思えば、意外なところでぶったぎりにされる。いったいこのリズム感はどうやって身につけたものだろうか。浄瑠璃にルーツがあるようだが、それにしてもこのやり方を見事に成功させる手腕は凄いの一言だ。

カール・セーガン『COSMOS』 上・下

  • 2011/02/28(月) 14:58:01

 科学に詳しくない人間にもわかりやすい。

 当初は哲学の入門に最適な本を探していたのだが、その過程で本書にあたった。

貴志祐介『黒い家』

  • 2011/02/22(火) 23:37:13

 面白かった。

 が、以前からあれだけ堂々と多数の人間を殺しておきながらその犯罪が明るみに出ていない、という設定には無理があるように思った。あれだけ身の回りで人間が死に、家にやってきた人間まで殺していたらさすがにばれるだろ。

 また、犯人が新米保険外交員に化けて講習を受けに来たという展開にも疑問符がうかぶ。さすがについ先日殺人事件でニュースになった人間が、写真も広く公表されているだろうに、「平凡な容姿だから」という理由で正体を指摘されることもなく講習を受け、そのままどこかへ去るといのは無理がある。

 ところどころで「おばさん最強すぎだろ」と思ってしまい、興ざめする。上に書いたように、おばさんが行った悪事は、おばさんのあまりの強運のため、なぜか明るみに出ることはない。やることなすこと成功する。強すぎるのである。普通の、そのへんにいるようなおばさんのなかに狂気が潜んでいるという点がこの物語の怖がりポイントだと思うのだが、ふたを開けてみれば、おばさん強すぎ、運よすぎ。超人だった。

 主人公の恋人である恵の、事件終了後の能天気な発言にはイラッとした。しかも、それに同意する主人公。あんな目に遭っておいて、「でも俺は人間を信じたい」はちょっとなあ。さすがにこっちも冷める。

 ラストは不穏な終わり方。定番のやり方である。もっと救いのない終わり方でよかったかもしれない。

 とまあいろいろケチをつけたけれど、冒頭に書いたように、とっても面白かった。
 白眉は、少年の首吊り死体を発見するシーンだ。まったくあらすじを知らない状態で読んだので、展開のショッキングさにかなり興奮した。思わず声が出た。

 他の著作も読んでみようと思う。

東野圭吾『容疑者Xの献身』

  • 2011/02/20(日) 10:56:31

 面白かった。終わり方もよし。
 ただ、さすがにトリックが複雑すぎるような気がした。これがもしもケレンを売りにした小説なら問題ないのだが、現実にありうるストーリーである分、「もっとシンプルに処理しておけばバレなかったんじゃないの?」と思ってしまう(が、実際にシンプルなやり方を用いたなら、面白くない小説が出来上がってしまうので、このままで問題ないのである。難しいところ)。

麻耶雄嵩『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件』

  • 2011/02/19(土) 18:19:55

 どんでん返しはあるのだが、イマイチそこに乗り切れない。素直に驚けない。心の中では冷めている。
 論理の詰めも甘い気がする。
 怪作と呼ぶには今ひとつ怪の具合が足りない。

 でもそれなりにぐいぐいと読める。というか実際読んだ。
 ネットで調べてみると、のちの年間ミステリランキング的な企画では作者の名前がちらほら登場しているので、良作を発表しているのだろう。どのような成長を見せているのかは気になるところだ。
 本作品も、21歳で書いたということを考えれば、充分な娯楽作品に仕上がっている。

西村京太郎『殺しの双曲線』

  • 2011/02/18(金) 20:38:48

 終盤まで途切れることなく面白い。が、すべての真相が明らかになったときは、「うーん、ちょっと物足りない」と思った。もう一ひねりほしいな、と。面白いんだけどね。

岡嶋二人『そして扉が閉ざされた』

  • 2011/02/18(金) 01:03:10

 目覚めたとき、そこは狭い密室の中だった。閉じ込められた男女四人。彼らの友人であった女の死亡事故の復讐の為、四人はそこに放り込まれただ。彼らは脱出を図りつつ、件の事件の真相を推理する。

 設定を見ると、大変面白そうに見える。また、四人が緊張感の中でぶつかりあいつつ、過去の事件の真相が徐々に明らかになっていくさまはなかなかスリリングである。となればこれは傑作間違いなし! ……と思いきや、どうも小粒な感が否めない。なんかつまらないのである。極限状態に置かれているのに痴話喧嘩に興じる登場人物たちに興醒め。真相がわかったときも「そんなことかよ」と思った。

 文章は読みやすくて良い。かなり表現を刈り込み、気楽な娯楽小説に徹している。このあたりは赤川次郎を髣髴とさせる。

河野勝彦『死と唯物論』

  • 2011/02/16(水) 21:46:41

 哲学者たちが死とどのように取り組んできたかを、著者の考えを織り交ぜつつ、初心者向けに語った本。
 確かに初心者向けなのだろうが、僕はもっともっと簡単な本が読みたいと思った。次は中学生向きくらいの本を手に取ってみよう。

中井英夫『虚無への供物』

  • 2011/02/15(火) 10:12:47

 俗に言う、日本探偵小説三大奇書というものがある。そのうちの『ドグラ・マグラ』は完読したが、『黒死館殺人事件』とこの『虚無への供物』は共に中途で読むのをやめてしまっていた。

 今回『虚無への供物』を読んでみると、大変に読みやすい。そして面白い。殺人事件が起こり、それについて素人探偵たちがああでもないこうでもないと意見を戦わせていくのだが、だんだんと作者が探偵行為をおちょくっているらしいことに気がつく。中盤あたりから、「これはかなり着地が怪しそうだぞ、大丈夫か」という思いが強くなる。果たして事件は解決するのだろうか、そしてその解決は快哉を叫べるようなものなのだろうか、と。

 結局、事件は解決する。これにはやや意外な感もあった。もっと曖昧模糊とした幕切れもありうると思っていたからだ。ただ、爽快感はあまりない。素人探偵たちの推理があまりにもあちらこちらへと飛躍したものだから、「もう何が真相でもいいよ」というちょっと投げやりな気持ちもあった。

 とはいえ、真犯人による告発(探偵への・読者への)は大いにスリリングで、読み応えがあった。

 作者はこの作品を「アンチ・ミステリ」として書いたが、実際はきちんとミステリとして構造を保っている。そのバランスが絶妙である。だから名作として認定されるに至ったのだろう。

 三島由紀夫はこの作品を激賞し、「好きな登場人物は久生と藍ちゃんだ」と言ったらしい。僕も同感だ。特に藍ちゃんがよい。

小松左京『青い宇宙の冒険』

  • 2011/02/12(土) 09:05:42

 ジュブナイル。
 先が気になる展開であり、なかなか面白かった。

カポーティ『冷血』

  • 2011/02/11(金) 15:15:54

 前から読まなきゃ読まなきゃと思っていたカポーティの『冷血』。
 残虐な殺人事件をあつかったノンフィクション……と思って読んでゆくと、あまりにも行動や心情がこと細かに語られるため、困惑してしまう。「ほとんど小説じゃないか!」と。そう、実際本書は小説でもあるのである。ノンフィクション・ノベルというジャンル名がついているらしい。確かに小説家が手がけるのだから、こういう手法でやってこそ意義があるというものだろう。

 で、そのできばえはというと、さすがはカポーティ。細部の描写が蛇足とならず、無駄なく積み重ねられ、各人物像をありありと描き出す。翻訳もよいのだろう、すらすらと読める。

 読む前は、事件の残虐性こそがこの本を特別なものにしているのかと思っていた。しかし、そうではない。たしかにこのクラター家殺人事件は陰惨な事件ではあるが、いまやそれと同程度、いやそれ以上に非道な殺人事件は山のように記録されている。それらの記録のなかにおいても今なお『冷血』が特別なのは、ひとえにカポーティの筆致によるものであろう。

 完読したカポーティ本は、『遠い声、遠い部屋』に続き、二冊目。もっと読みたい気分だ。一流の作家だと思う。

 追記。新訳が出ているらしいが、僕が読んだのは旧訳にあたる滝口直太郎訳。

宮部みゆき『火車』

  • 2011/02/11(金) 15:07:26

 はじめての宮部みゆき。
 面白かった。
 なぞの女性の正体を追っていくさまから、先日読んだ東野圭吾の『幻夜』『白夜行』を連想した。
 女性と接触した時点で物語は終わる。妥当な幕引きだと思う。

スティーヴン・キング『ミザリー』

  • 2011/02/08(火) 10:06:43

 久しぶりのスティーヴン・キング。深夜にこの作品の映画版を放送しており、それは録画した僕は「先に小説のほうを読んでおくか」と思い、今回読んでみたわけである。

 読みやすく、なかなか面白かった。
 ただ、キングの小説にありがちなことだが、今回も終盤で失速し、クライマックスにいまいち盛り上がりが欠けるように思われた。